狭山事件の再審を勝ち取ろう!

2022年05月23日 狭山再審を実現する釜ヶ崎住民の会・反失連・釜日労から

5/24 東京日比谷野音市民集会へ!

狭山事件のえん罪被害者=石川一雄さんが逮捕されてからこの5月23日で59年になる。

1963年の3月31日に起きた吉展ちゃん誘拐事件で身代金を取りに来た犯人と接触しながら取り逃がすという大失態を演じた警察は、1ヶ月後の狭山市で起きた女子高校生誘拐事件でも犯人を取り逃してしまいました。

【えん罪は権力犯罪】

そのふがいなさを世論に叩かれ、真犯人を捕まえられない警察はメンツを失い、何としても体裁を整えようとあろうことか犯人づくりを始めたのです。

えん罪は[誤判]ではなく、社会を好きに操り富を得ようとする一部の人間が、自分らにとって都合の良い社会を壊さない=民衆が反乱を起こさない=治安を守るために、警察や検察などの権力機関が行う生贄作りです。

【被差別部落への集中捜査】

警察は近隣住民の差別意識を利用し、こういう非道な犯罪を犯すのは被差別部落の住民に違いないとばかりの予断と偏見で被差別部落に集中捜査を行いました。数名の若者を別件逮捕した後、石川さんには法的な知識がないのをいいことに、脅しと甘言で自白を強要するとともに、マスコミを使って犯人であるかのような印象操作を行い、「犯人」に仕立て上げてしまいました。

【学校教育も満足に受けていない標的】

石川さん一家は部落差別の結果貧しく、幼いころから子守などの奉公(仕事)に出され、小学校にも満足に通えなかった石川さんは二十歳を過ぎても読み書きができませんでした。事件のころは建設・土木などの日雇い労働者をしていました。

だから逮捕されてからも「やってない!」と言うことができず、自分を守るための法的知識もありませんでした。

【えん罪は差別を利用する】

えん罪は差別を利用する。社会的少数者(マイノリティ)を標的にし、多数者の差別意識を利用することで、生贄を正当化するのがほとんどだ。

外国籍の人、障がい者、病者、被差別者、地域に根付かない不安定居住者、定職のない不安定就労者、周囲から孤立する「不良」など、市民社会になじみにくい者たちを予断と偏見を利用し生贄にする。まさに我々もだ!

東京日比谷野外音楽堂 科学的な証拠で裁判のやり直しを!

【59年も人生を奪った非道】

石川一雄さんは24歳で逮捕されて以来59年、人生の大半を「殺人者」扱いされ、牢獄につながれてきました。仮釈放の今でも見えない手錠をはめられています。まさに国家のメンツのために、警察・検察・裁判所に人生を奪われてきたのです。

被差別部落の出身だからといって、定住するところがないからといって、定職についていない不安定な仕事をしているからといって、読み書きが満足にできないからといって、不良だからといって、病気を抱えているからといって、他人とうまく付き合えない、社会と折り合いをつけるのが苦手だからといって、やってもいないことをデッチあげられ、牢獄につながれ人生を奪われる筋合いはありません。

【証拠が無実を証明している】

狭山事件は裁判の過程で出された証拠がいかがわしい証拠ばかりでした。64年の一審判決以来事実調べが一度も行われていません。

この第三次再審請求において弁護団は検察が隠し持ってきた「証拠」を粘り強く開示させてきました。

ただでさえいかがわしかった証拠は、最新の科学鑑定によって脅迫状の筆跡が99%別人のものであるとか、読み書き(漢字)能力がなかったとか。中でも「石川さん宅から三度目の家宅捜査で発見された被害者の万年筆」は被害者の使っていたインクと違うインクが入っており、成分分析からたとえ入れ替えたとしても成分が残るので、まるで別もの、警察によりでっち上げられた「証拠」であることが分かった。

【東京高裁は鑑定人を尋問しろ!】

何よりも裁判所は書類捜査だけではなく、鑑定人を呼んで尋問をし、すべての証拠について『事実調べ』をしなくてはならない。

鑑定人尋問こそ再審のカギだ!

石川さんは、弁護士団とともに長い間無実を叫び、粘り強く戦ってきた。

国家権力は自分たちの失態を取り繕うために市民社会の部落差別意識を利用し真犯人を取り逃し、石川さんを生贄にしてきた。

警察や検察の集めた証拠は市民の税金を使って集めたものであり、みんなのものだ。それを隠して都合のいいところだけをつなぎ合わせて「犯人」をでっち上げ、自分たちに都合の良い物語をねつ造するなど許されない。

裁判を引き延ばして石川さんの死を待つことも許されない。

全国集会で声を上げ、石川一雄さんを取り戻そう!

狭山事件第三次再審 今後の動き

これから1年の動きで勝負は決まる。

  1. はっきりした日程 22年5月24日 5.23 石川一雄不当逮捕59か年糾弾集会
    6月
    弁護団:検察意見書に対する反論意見書提出
    下山第二鑑定(万年筆インク)・赤根鑑定(被害者死体関係)
    7月末
    検察:総括的意見書提出予定 三者協議までに
    弁護団:鑑定人尋問請求書提出
    9月上旬
    第51回三者協議
    10月28日
    10.31 寺尾有罪判決 48か年糾弾集会 23年5月23日 石川一雄さん不法逮捕から60年
    12月12日
    現東京高裁第四刑事部狭山担当裁判長・大野勝則判事定年退官
    24年1月14日
    石川一雄さん 85歳
  2. 鑑定人尋問請求後の動き
    1. 裁判所:検察に求意見
    2. 検察:意見書提出(おそらく鑑定人尋問不要の)
    3. 弁護団:検察意見に対する反論意見書提出
    4. 三者協議:鑑定人尋問について議論
      1. 裁判所:(あ)(い)なら6へ、(う)なら4へ戻る (あ)鑑定人尋問実施決定
      2. 実施=開始決定の可能性が大きくなる

        (い)鑑定人尋問不実施決定→棄却決定(再審開始せず)の可能性が大きくなる
        (う)継続協議=先送り→大野裁判長による決定の可能性が小さくなる

    5. 裁判所:検察・弁護双方に求意見
    6. 検察:請求棄却を求める最終意見書提出
    7. 弁護団:再審開始決定を求める最終意見書提出
    8. 裁判所:

      (あ)再審開始決定
      (い)再審請求棄却決定

    9. (あ)検察:東京高裁へ異議申立
      (い)弁護団:東京高裁へ異議申立

  3. 何を目指すのか

    大野勝則裁判長による再審開始決定!

出展:狭山パンフを読む会 平野さんのレジュメより

5・23 メッセージ

今年は全国水平社創立100周年を迎えた年であり、狭山の闘いを勝利してその1ページを飾ることができたらと闘いを続けてきましたが、残念、無念の思いでいっぱいです。

2006年5月23日、東京高裁に第3次再審請求を申し立て、弁護団や支援者皆さん方の闘いにより、これまでに246点の新証拠を提出しています。弁護団は今後鑑定人尋問を請求することにしていますが、勝利するためには、何としても鑑定人尋問を実現することが最重要です。

来年、2023年は、不当逮捕60年になります。しかし、来年になれば冤罪を晴らせるとの保証はなく、寧ろ今までの司法の姿勢をみれば危機感さえ孕んでいます。そういう意味で今が一番大切な時でありながら、コロナ禍のために支援者皆さん方に私たちが直接支援要請できないのが残念でなりません。それでも全国の全国の支援者の皆さんが変わらず、創意工夫しながら闘い続けて下さっていることに感謝の念でいっぱいです。

全国の狭山集会も、昨年10月に2年ぶりに開かれましたが、不当逮捕された5月の集会は2019年に開かれて3年ぶりとなります。私は過去を顧視しないのが持論乍ら、家に閉じ篭っていると、別件逮捕され、厳しい取り調べを受けたことが思い出されます。通常の取り調べの合間に、元・交通係で、白バイに乗っていた人が来て、机をドンドン叩き、同じく別件逮捕されたAさん、Bさんの自白があるかのように装って、「彼らはこのようにお前と一緒にYさんを殺したと認めているんだ」と、自白の強要を迫ったり、大声で威嚇されました。

のちにAさんは高裁で証人に立ち、「石川さんはA、Bと殺したと認めていると取調官に言われた」と証言しておりました。後には「拷問的な取り調べに耐えかねて留置場で首吊り自殺しようとしたが、看守に見つかり死ぬことができなかった」と話しておられ、Aさんも厳しい取り調べをされていたことを窺い知ることができました。

一方、河本検事に至っては、机の上に尻を乗せ、革靴を履いた足で、ドタバタと机を叩いた挙句、私が一言も喋らないにも拘らず、勝手に自白調書を作成してしまうのでした。ただ、河本検察官は強制的に名前や捺印を迫った訳でなく、一応全文を読んで聴かせた上で、署名捺印を迫ったので、私は述べていないのに、「自白」したようになっていたので、怒って灰皿を投げつけ大騒ぎになってほかの警察官らが駆け付け、顛末を話してその日以降、しばらくの間、河本検事は私の取り調べを外されてしまったようでした。仮に何も言わずに「名前と捺印」を迫っていたとしたら無学な私は従っていたかもしれませんが、検察官として調書の内容を理解させておく必要があり、読んで聞かせたものと思われます。

狭山署の署長と関さんの3人で取り調べを受けていた日が6月13日であり、それから2〜3日前のことと記憶しています。

今私が自分を叱責しているのは、取り調べ中に如何なる事情があったにせよ「人殺し」を認めてしまったことで、濡れ衣を着せられ、長い拘禁生活を強いられ、冤罪をはらすために今も皆様に多大な迷惑をおかけしていることであります。

兄の地下足袋を見せられ、事件当夜、兄が夜遅く帰ってきたこともあり、取調官に兄が犯人だと問い詰められる一方、私に自白を迫るのは矛盾していましたが、社会的無知であったので、当時は思慮分別もなく、自分は「Yさん殺しはしていない」と、ただ否定の一点張りでした。

しかし、私が否認し続けていたことでいよいよ「兄を逮捕する」と言われ、長谷部警視から私が自白すれば兄を逮捕しない上に、本来なら10年20年位刑務所を出られないところ、10年で出られるようにしてやる、と言われたのです。一家の大黒柱である兄が逮捕されると、家が困ることから、約束を信じて長谷部警視の言う成りになって自白してしまった次第です。

これまで、私は、忍耐、努力、根性で闘い続けてきました。長い冤罪の闘いですが、この悲哀、不条理、不正義が何時までも続く筈がありません。弁護士や、皆さんの闘い、ご理解のもとで真相は必ず証明されることを確信して今後も不屈に闘い抜き、第3次再審開始の実現を目指し、奮闘する所存であります。

今日も全国各地において不当逮捕59年糾弾集会に決起して下さったものと思われ、本当に心強く感謝にたえません。

来年は不当逮捕60年です。何としても来年こそ冤罪を晴らせるように更なるご支援をくださいますよう心からお願い申し上げて、私、石川一雄のご挨拶といたします。ありがとうございました。

陥穽(かんせい)で戦う吾は59年 牽強(けんきょう)司法に真相求む

2022年5月23日 石川一雄
全国の狭山支援者各位